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日本ヘーゲル学会第二回研究奨励賞
2009年度


受賞者 大河内泰樹氏


大河内泰樹
(おおこうち たいじゅ)

経歴

1996年3月 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業
1998年3月 一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了
1999年10月 ケルン大学(ドイツ)哲学部哲学科留学(~2001年3月)
2001年4月 ボーフム・ルール大学(ドイツ)哲学・教育学・マスコミュニケーション学部哲学科留学(~2003年3月)
2003年3月 一橋大学大学院社会学研究科博士課程社会学専攻単位取得退学
2003年4月 日本学術振興会特別研究員(PD)(~2006年3月)
2006年4月 法政大学社会学部・埼玉大学全学教育課他非常勤講師(~2008年3月)
2008年4月 京都産業大学文化学部国際文化学科助教(~2010年3月)
2010年4月 一橋大学大学院社会学研究科准教授(現在に至る)

取得学位
2007年6月28日 Doktor der Philosophie (Dr. phil.) (Fakultät für Philosophie, Pädagogik und Publizistik der Ruhr-Universität Bochum) (哲学博士 ボーフム・ルール大学(ドイツ)哲学・教育学・マスコミュニケーション学部)

業績
(著書)
1. (共著)『精神の哲学者・ヘーゲル』創風社、2003年
2. (共著)『ヘーゲル 現代思想の起点』社会評論社、2008年
3. (共著)『境界線の哲学』DTP出版、2008年
4. Ontologie und Reflexionsbestimmungen. Zur Genealogie der Wesenslogik Hegels, Würzburg 2008

(学術論文)
1. 「反省と形而上学─ヘーゲル『仮象』の論理の一解釈─」 若手哲学者ゼミナール編『哲学の探求 第25回全国若手哲学者ゼミナール報告・論文集』第25号、1997年12月
2. 修士論文「反省と形而上学批判—超越論的反省理論としてのヘーゲルの『大論理学』本質論」一橋大学社会学研究科に1996年1月提出
3. 「ヘーゲル『論理の学』におけるMaterie概念批判の検討−超越論的観念論から絶対的観念論への展開を巡る一つの視座−」 ヘーゲル<論理学>研究会編『ヘーゲル論理学研究』第5号、1999年8月
4. 「『内的なもの』と『外的なもの』−カントとヘーゲルの実体概念をめぐって」 ヘーゲル研究会編『ヘーゲル研究』第6号、2000年8月
5. Logik der Identität und Verschiedenheit in Hegels Wissenschaft der Logik(「ヘーゲル『大論理学』における同一性と差異性の論理」) ヘーゲル<論理学>研究会編『ヘーゲル論理学研究』第9号、2003年8月
6. Der transzendentale Idealismus und die Widerlegung des materialen Idealismus in den beiden Auflagen der Kritik der reinen Vernunft und den Prolegomena von Kant (「カント『純粋理性批判』両版と『プロレゴメナ』における超越論的観念論と質料的観念論の論駁」) Hitotsubashi Journal of the Social Studies, Nr. 37-1(2005 July)
7. Autonomy of Practical Reason and its Limit. Kant’s Theory of Practical Interest(「実践理性の自律とその限界−カントによる実践的関心の理論」) Hitotsubashi Journal of the Social Studies, Nr. 37-2 (2005 December)
8. Objektivität der Welt und Intersubjektivität der Verständigung. Habermas’ neuere Auseinandersetzung mit Hegel (「世界の客観性と了解の相互主観性 『真理と正当化』(1999年)におけるハーバーマスのヘーゲル批判) Hitotsubashi Journal of the Social Studies, Nr. 38-1(2006 July)
9. Substanz und Kraft. Kants Monadologiekritik im Amphiboliekapitel und Leibniz’ dynamisches Konzept der Substanz und Materie (「実体と力 二義性章におけるカントの単子論批判とライプニッツの力学的実体概念と質料概念」) Herbert Berger, Jürgen Herbst und Sven Erdner (Hrsg.), VIII. Internationaler Leibniz-Kongress: Einheit in der Vielheit. Vorträge 2. Teil. Hannover, 2006
10. 「規範という暴力に対する倫理的な態度 バトラーにおける批判と倫理」『現代思想』2006年、10月臨時増刊「総特集ジュディス・バトラー 触発する思想」 (2006 Vol. 34-12)
11. 博士学位論文Reflexionsbegriffe und Reflexionsbestimmungen. Eine ideengeschichtliche, entwicklungsgeschichtliche und systematische Studie über die Hauptbegriffe in Hegels Wesenslogik, in besonderem Rückblick auf das Amphiboliekapitel der Kantischen Kritik der reinen Vernunft. 2006年11月ボーフム・ルール大学(ドイツ)哲学・教育学・マスコミュニケーション学部提出
12.  Die Logik des Gewissens. Im besonderen Hinblick auf die Kantische Lehre der moralischen Realopposition (「ヘーゲル良心論の論理−カントによる善悪の実在的対立論を顧慮して」) Hegel-Jahrbuch 2007, Das Leben denken. Zweiter Teil, Berlin, 2007
13. 「 『精神現象学』における「キリスト教の脱構築」、あるいはナンシーにおける留保付きヘーゲル主義」『現代思想』2007年7月臨時増刊「総特集ヘーゲル『精神現象学』200年の転回」(2007 vol 35-9)
14. 「脱超越論化と相互主観性 ハーバーマスによる『精神現象学』批判のメタクリティーク」『理想』679号、2007年8月
15. 「カントとヘーゲルの間 現代批判理論の位置規定をめぐって」 『情況』2007、11・12、2007年10月
16. 「 啓蒙への関心とその限界−初期ハーバーマスの認識論とドイツ観念論」『一橋社会科学』第4号、2008年6月

授賞理由[業績の評価]
 受賞者の研究は、大別すると、(1)ヘーゲル論理学、特に「本質論」をライプニッツ以降の形而上学の伝統の中に位置づけること、(2)独英仏現代哲学におけるヘーゲル受容と批判、研究を通して現代哲学におけるヘーゲル哲学の重要性を明らかにすること、に分かれる。今回提出された業績は以下の5点である。
"Die Logik des Gewissens im Blick auf Kants Lehre der Realopposition" (2007)、「脱超越論化と相互主観性―ハーバーマスによる『精神現象学批判』のメタクリティーク」(2007)、「発展史、コンステラチオーン、エピステモロジー、マルクスそして『精神現象学』」(2008)、"Ontologie und Reflexionsbestimmungen,Zur Genealogie der Wesenslogik Hegels" Würzburg 2008
(1)を代表するのは"Ontologie und Reflexionsbestimmungen,Zur Genealogie der Wesenslogik Hegels, Würzburg 2008"である。これは学位論文"Reflexionsbegriffe und Reflexionsbestimmungen, Eine ideen- geschichtliche,entwicklungsgeschichtliche und systematische Studie über die Hauptbegriffe in Hegels Wesenslogik, in besonderem Rückblick auf das Amphibolie-kapitel der Kantischen Kritik der reinen Vernunft" (2006)に基づいている。
 同書が目標としているのは、カントが伝統的形而上学を批判した『純粋理性批判』の「反省概念の多義」の章を受けて、形而上学の真の批判を『論理学』本質論によって遂行することである。二つの章の関連はカントの反省概念がヘーゲルの反省規定のうちに取り上げられていることから明らかである。その目標の達成のため、受賞者は(i)ライプニッツ、ヴォルフ、バウムガルテンの形而上学を見つつ、カントの多義性の章の体系的哲学史的意義を明らかにし、(iii)反省概念と反省規定の関係をヘーゲルの本質論の発展史および『論理学』における探求の体系的前提を通して示し、(ii)『論理学』本質論に拠りつつこの関係を体系的に明らかにしようとする。
 「反省概念の多義」の章は『純粋理性批判』の超越論的分析論の付録として設けられたものである。分析論は、範疇と原則の体系によって伝統的一般的形而上学すなわち存在論に代わるものと見なされている。カントはライプニッツ・ヴォルフ学派が用いる同一性と差異性、一致と対立、内的なものと外的なもの、質料と形式等の概念を悟性と感性の区別に基づいて吟味し、同学派が認識の感性的条件を無視して悟性によってのみ思惟し、また形式論理学に依拠していることを明らかにする。但しカントは、ライプニッツの充足理由律をめぐる永久真理と事実真理の区別を蔑ろにしており、不可識別者同一の原理もそれに基づいていると見なしている。その批判はむしろヴォルフに当たると著者は見る。
 ヘーゲルはこれらの概念(反省諸規定、根拠、実体性の関係)を本質論において取り上げ、伝統的存在論と特殊的形而上学の諸テーマを論ずる。こうしてカントの形而上学批判を継承し、徹底させるのである。それを通してヘーゲルが目指すのは、悟性的存在論に対して自己関係的主体の存在論を確立することである。一体、反省の概念は、D・ヘンリッヒが指摘したように、ヘーゲル論理学の方法的中心概念と見なされるものであって、ヘーゲル哲学を解釈するに止まらず、伝統的存在論に光を当て批判する上で鍵となる概念である。本論はそうした「反省」の歴史的前提をライプニッツ・ヴォルフ学派に遡って追及するとともに、その射程を検証した研究である。
 そこに至るまでには、修士論文「反省と形而上学批判―超越論的反省理論としてのヘーゲルの『大論理学』本質論」(1998)、「ヘーゲル『論理学』におけるMaterie概念批判の検討」(1998)、「『内的なもの』と『外的なもの』―カントとヘーゲルの実体概念をめぐって」(2000)、"Logik der Identität und Verschieden¬heit in Hegels Wissenschaft der Logik" (2003)、"Der transzendentale Idealismus und die Widerlegung des materialen Idealismus in den beiden Auflage der Kritik der reinen Vernunft und den Prolegomena von Kant" (2005)、"Substanz und Kraft, Kants Monadologiekritik im Amphibolie-kapitel und Leibniz' dynamische Konzept der Substanz und Materie" (2006)などの先行的研究がある。
 学位論文以後の研究は実践的問題に向かいつつある。これは(2)のテーマの追究と重なる。"Autonomy of Practical Reason and its Limit: Kants Theory of Practical Interest" (2005)は、ハーバーマスの『認識と関心』以来忘れられた観のあるカントの「関心」の概念を『道徳の形而上学的基礎』と『実践理性批判』に求め、前者が実践的関心と情動的関心、後者が思弁的関心と実践的関心の対概念から成立していることを示し、カントが実践理性において解決すべき二つの問題((1)われわれは如何にして道徳的活動へと動機づけられるか。(2)同じ知性が理論的であり実践的であるのは如何にして可能か)を提示し、その解決を探っている。
 これに続き、受賞者は「規範という暴力に対する倫理的な態度」(2006)、「『精神現象学』における「キリスト教の脱構築あるいはナンシーにおける留保つきヘーゲル主義」(2007)を発表している。前者は、副題「バトラーにおける「批判」と「論理」」が示すように、批判を倫理的態度とするフーコーの表明を受けて批判と倫理の関係を練り直そうとするバトラーの試みを検討し、批判が倫理となりうる条件を追究する。(バトラーによれば、批判という倫理は「規範から排除されているアイデンティティーを既成の言説秩序の中で流通させることによってその規範を解体、組み替えていく」という政治的倫理的実践である。)
 後者は、ヘーゲルを共同体が不可能になった時代に共同体の可能性について思考した哲学者として見るナンシーのヘーゲル論の考察である。ヘーゲルのキリスト教論にキリスト教の脱構築を見、共同体(教団)におけるイエスの復活を神の不在における現前として捉え、啓示の完成としての絶対知に「共にある」というあり方を見出す。ここにも現代における共同性の可能性への問いが認められる。
 これらと並行して、受賞者は、"Objektivität der Welt und Intersubjektivität der Verstandigung Habermas Neuere Auseinandersetzung mit Hegel" (2006)において、近年のハーバーマスの思想とヘーゲルの関係を問う。近代を主要テーマとしヘーゲルの絶対知への階梯を断念するとともに理論的問題から実践的問題に向かったハーバーマスは、1999年の『真理と正当化』において再び理論的テーマとヘーゲルとの対決と取り組む。そこにはアメリカの新ヘーゲル主義とプラグマティズムの影響がある。受賞者は同書の「脱超越論化の道、カントからヘーゲルへ、そしてその逆」の章を批判的に検討し、『精神現象学』こそがコミュニケーション的合理性のモデルたりうることを示し、良心論の解釈によってハーバーマスの了解の理論に寄与しようとする。「脱超越論化と相互主観性―ハーバーマスによる『精神現象学批判』のメタクリティーク」(2007)はこれと同じテーマを論じたものである。
"Die Logik des Gewissens im Blick auf Kants Lehre der Realopposition"(2007)は、哲学史の最重要テーマの一つである善悪の対立をカントの言う実在的対立として捉えた上で、ヘーゲルの『論理学』における反省規定の論理学および『精神現象学』の良心章の分析を適用し、ヘーゲルの論理学の道徳的射程を明らかにしようとする。
 なお、受賞者は、「発展史、コンステラチオーン、エピステモロジー、マルクスそして『精神現象学』」(2008)において、ヘーゲルを高く評価し始めたアメリカの分析哲学の一潮流に対するドイツ哲学界の批判的反応を中心に2000年以後のドイツにおけるヘーゲル研究の現状を紹介している。
 上に見られるように、受賞者はヘーゲルの哲学を近代から現代に及ぶ視野において研究しており、その思想史的意義を考える上で少なからぬ寄与をなしている。また、学会の将来的発展を展望するにおいても期待される成果を挙げている。よって、選考委員会は研究奨励賞の授与に値すると思慮する次第である。





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