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ヘーゲル研究会主催研究発表会記録

  2005年4月現在

*第22回以降に付した⇒印は、本研究会が主催した研究発表会を単純に累計した場合の回数を指す。
現行回数とのズレは、外国から招待した研究者との交流研究会の位置づけが曖昧であることに由来する。
なお、→印は現行回数への疑問を指す。
*第37回研究発表会のあと開かれた1999年度総会で、研究発表会開催回数の数え方に関する変更案が承認され、第37回の次は第40回となった。

 

第1回(1986.10.04,法政大学)
原崎道彦:『体系断片』における「無限性」の用法について
神山伸弘:ヘーゲル『法の哲学』における国家生成と変動の論理――市民社会から国家への止揚をめぐって
岡本賢吾:ヘーゲルとカントール――「無限」の概念をめぐって
森川孝吉:死の恐怖と人倫性――ホッブズとヘーゲル

第2回(1986.12.23,早稲田大学)
飛田 満:『精神現象学』における「自己意識」の概念についての一考察
上村芳郎:イエナ期ヘーゲルの推理論
鹿島 徹:『精神現象学』の「理念」の問題
滝口清栄:「強制」概念の批判と受容――イエナ期・人倫思想の展開と絡めて

第3回(1987.06.27,東洋大学)
石川伊織:悲劇と自己
山田忠彰:芸術の記号論把握――ヘーゲル美学の一位相
シンポジウム「『哲学史』成立の現場」
 栗原 隆:ヘーゲルにおける哲学史の成立とその構造
 柴田隆行:哲学史の歴史とヘーゲル

第4回(1987.10.17,東京都立大学)
稲生 勝:エーテルから絶対精神へ――イエナ自然哲学の展開
石橋とし江:否定性の論理――ヘーゲルの矛盾
大西正人:存在・無・成の弁証法――ヘーゲルの論理学における始源の問題
研究状況報告@久保陽一:ヘーゲル学会(シュトゥットガルト)の様子などについて

第5回(1987.12.19,一橋大学)
小坂田英之:ヘーゲル論理学における「規定態」の範疇と体系構成
幸津国生:ヘーゲルのニュルンベルク時代ギムナジウム講義における「自己意識」の章草案のクロノロギーによせて
山口祐弘:否定判断と矛盾律――ヘーゲルにおける否定の諸相
斎藤純一:『人倫の体系』の構成をめぐって
特別報告@金谷佳一:『精神現象学』コンピューター・デモンストレーション

第6回(1988.06.25,東京理科大学)
岩崎 稔:市民社会概念の位置価
重永哲也:「術語という関係」の「喪失(verlieren)」と「現実性」の生成――「精神的存在者」の理論へ向けて
長島 隆:ポテンツ論と人倫的自然
特別報告@鶴巻幸平・石川伊織:ヘーゲル・テキスト・データベースの進行状況について

第7回(1988.10.16,明治大学)
日暮雅夫:『精神現象学』における「道徳性」の問題――カント要請論批判としての
特集・〈反省〉概念をめぐって
 澤味 進:ヘーゲルの反省概念――イエナ期「思弁哲学の体系」において 
 徳増多加志:ヘーゲルの"Reflexion"の問題とプロクロスの„επιστροφη“

第8回(1988.12.17,駒沢大学)
木村 博:ヘーゲル『論理学』における〈分裂せる媒辞〉と〈否定的推論〉
杉田広和:「エーテル」と「透明性」
伊坂清司:ヘーゲルのロマン的イロニー批判
高山 守:ヘーゲルの矛盾について

第9回(1989.06.11,明治大学)
寄川条路:ヘーゲルにおける「生」について
シンポジウム「ヘーゲル美学をめぐって」
 山崎 純:芸術の終焉と言語――『美学講義』のなかの歴史意識 
佐藤康邦:美学における目的論の射程  
長谷川宏:ヘーゲルと芸術の近代性

10回(1989.10.15,学士会館別館)
シンポジウム「ヘーゲルとフランス革命」
 竹村喜一郎:ジャコバン主義者としてのヘーゲル
 生方 卓:ヘーゲルとロベスピエール
 上妻 精:ヘーゲルとフランス革命

11回(1989.12.17,日本医科大学)
自然哲学特集
 松山寿一:歴史と力動としての自然――シェリング自然哲学の根本性格
 高橋義人:現象か本質か――ゲーテ自然科学の一考察
 渡辺祐邦:叛乱としての自然

12回(1990.06.03,明治大学)
小川真人:ヘーゲル美学における芸術の近代的可能性の問題
黒崎 剛:反省と個体性――ヘーゲル「反省」論の一解釈
干場 薫:「感覚的確信」と「われわれ」

13回(1990.09.15,東京大学仏教青年会講堂)
Hans Freidrich Fulda: Hegels Logik als die eigentliche Metaphysik
石川伊織:Individualitaet und Selbst 個体性と自己
小坂田英之:Die "Wissenschaft der Logik" und die Ontologie des Begriffes - Ueber das Einzelne bei Hegel『論理の学』と概念の存在論――ヘーゲルにおける個別について
原崎道彦:Der junge Hegel - Von der Entstehung des wissenschaftlichen Systems 若きヘーゲル――学的体系の成立を中心として
干場 薫:Ueber das Problem der Hegels Dialektik ヘーゲル弁証法の問題について
寄川条路:Aenderung im Plan? - Uber die Gliederung der Phaenomenologie des Geistes プランに変化があったか?――『精神現象学』の構成(章だて)をめぐって
小川真人:Ueber das Wahrheitsproblem in der "Aesthetik" Hegels ヘーゲル美学論における真理問題について

14回(1990.12.23,明治大学)
渋谷繁明:ヘーゲル論理学における「観念論」と「観念性」について
杉田正樹:ヘーゲルとプラトン
稲葉 守:『論理の学』と概念の論理――根源的統覚と概念

15回(1991.06.23,明治大学)
徳永哲也:「経済の現象学」は可能か――『人倫の体系』にみる労働観
北澤恒人:過渡期シェリングにおける自然‐人間関係の問題
黒田則夫:イェーナ論理学・形而上学におけるFuersichseinとAnsich

16回(1991.10.13,東京外国語大学)
鈴木恒範:相互承認の構造
早瀬 明:人倫国家と貧困――ヘーゲル市民社会論に対するシスモンディ過剰生産論の影響
長島 隆:ヘーゲル自然哲学研究の現状と課題

17回(1991.12.15,明治大学)
菅原 潤:前期シェリング思想における神話
下城 一:「懐疑主義論文」と『精神現象学』の弁証法
著者に聞く@岩波哲男氏『旅人の思索――現代キリスト教思想の根底にあるものを求めて』(聞き手:佐藤康邦)

18回(1992.07.11,東京大学仏教青年会会議室)
満井裕子:『キリスト教の精神とその運命』にみられるヘーゲルの人間理解
泉 俊彦:ヘーゲルの現実性について――『法哲学』との関連で
山崎 純:ヘーゲル「宗教哲学」研究の新段階――旧版の問題点とイエシュケ版の意義

19回(1992.11.15,明治大学)
滝口清栄:人倫的実体の生成と道徳性の生成――『精神現象学』「理性」章B冒頭の解釈をめぐって
海老澤善一:ヘーゲルと批評

20回(1992.12.20,國學院大学)
大川正彦:ヘーゲル市民社会論における私的所有と社会的資源
池田全之:模倣としての人間精神――シェリングの美的観念論の射程
鹿島 徹:ヘーゲル時間論再考

21回(1993.07.04,明治大学)
原崎道彦:青年ヘーゲルの歯車国家論
木村 博:フィヒテ自然哲学の基底――構想力の揺動
田中保敏:具体的普遍

講演会とゼミナール(1993.10.02,早稲田大学)⇒第22回
Ludwig Siep: Individualitaet in Hegels Phaenomenologie des Geistes
伊藤 功:プラトンとヘーゲルにおける善の問題について
木村 博:イェーナ期フィヒテにおける言語と共同性
古荘真敬:ヘーゲルの承認論における死の恐怖の役割について
岩崎 稔:相互承認概念の今日的位相

22回(1993.12.19,明治大学)⇒第23回
星野 勉:『精神現象学』における「承認」論の諸相と展開
長島 隆:ドイツにおける自然哲学研究――最近の若干の動きについて
シンポジウム「他者論」
 杉田正樹:自己と他者  
 藤沢賢一郎:フィヒテとミード  
 山田忠彰:他者‐自我の迷宮=自我‐他者の迷宮
太田 徹:パソコン通信による哲学共同研究システム「哲学フォーラム」について

23回(1994.06.19,明治大学)⇒第24回
石田あゆみ:承認と和解――イエナ後期におけるヘーゲルの人倫思想
山脇雅雄:ヘーゲル論理学と神の存在論的証明
シンポジウム「ライプニッツ・ヴォルフ学派の伝統からヘーゲルを照射する」
 岡本賢吾:「可能なもの(possibilita)」の形而上学の意義 
 小田部胤久:バウムガルテン学派から見たヘーゲル美学――メンデルスゾーンを媒介として
 山内志朗:形而上学と論理学――自然論理学の系譜から見た18世紀のドイツ論理学の特色

24回(1994.09.25,明治大学)⇒第25回
徳永哲也:ヘーゲルの経済哲学――経済の現象学≠フ可能性
小川清次:ヘーゲルの「陪審裁判制」論
稲葉 守:ヘーゲル論理学における概念の成立
特別報告@張 桂権:中国におけるヘーゲル研究
討論・著者に尋ねる:島崎隆『ヘーゲル弁証法と近代認識』、質問者:木村博、高山守

26回(1994.12.23,明治大学)→第25回の間違い?⇒第26回
村上 毅:承認をめぐる闘争の変貌
荒木正見:ヘーゲル哲学と西田哲学――認識と存在の構造比較
シンポジウム「国家の正当性について――最近のヘーゲル法哲学研究を踏まえて」
 神山伸弘:教養の鏡としての国家
 高田 純:国家と個人の自由
 小林靖昌:国家の正当性について

27回(1995.06.25,國學院大学)→第26回の間違い?⇒第27回
金沢秀嗣:新しい自然法論の可能性――『自然法論文』の法哲学的意義
末吉康幸:他的存在の否定と無限性の実現――『精神現象学』「主‐奴」論の研究
シンポジウム「ヘーゲル論理学の基底と意味」
 高山 守:ヘーゲルの「弁証法」再考――「対話法」と「弁証法」
 中岡成文:ヘーゲル弁証法と根拠の「発明」
 松本正男:「主観性」再考

28回(1995.10.01,明治大学)→第27回の間違い?⇒第28回
鈴木 覚:精神の自己意識としての宗教――『精神現象学』「Z宗教C啓示宗教」の解釈
大藪敏宏:イエーナ論理学における様相の概念
特別報告@佐藤 労・石川伊織:テキスト・データベースについて
帰朝報告 「統一後のドイツとその哲学状況」
 寄川条路:統一後の哲学状況――ヘーゲル・アルヒーフから
 加藤泰史:"Kant in der Diskussion der Moderne"と現代ドイツ哲学
 岩波哲男:ドイツ国東部地方(旧DDR)瞥見報告

29回(1995.12.23,明治大学)→第28回の間違い?⇒第29回
片山善博:「意識の経験の学」再考
松村 聡:ヘーゲルの行為理解――『精神現象学』の「自己意識」をめぐって
討論「論集『シェリングとヘーゲル』をめぐって」
 藤田正勝・高山 守:編者による内容紹介
 特定質問:久保陽一論文(古川賢)、岩城見一論文(村上毅)、山脇直司論文(吉田 達)、
 総括質問(小田部胤久)

29回(1996.06.30,日本女子大学)⇒第30回
喜屋武盛也:美術史の姿を『美学講義』とともに考える
討論「『現代認識とヘーゲル=マルクス――認識主義から存在主義へ』」
 有井行夫:ヘーゲルの「意識経験学・存在学構想」とマルクス
 長島 隆:絶対知とフィヒテ、シェリング
 黒崎 剛:意識経験学と存在学――ヘーゲル〈存在主義〉をいかにして実現するか

30回(1996.10.05,法政大学)⇒第31回
エレミヤ・オルバーグ:自然であることからの脱却
上妻 精:成立10周年記念の辞
記念シンポジウム「出発と回帰――現代におけるヘーゲル」
 山口祐弘:体系哲学の有効性――体系批判と批判的体系
 加藤尚武:ヘーゲル哲学と現代倫理
 長谷川宏:芸術とヘーゲル

京都研究発表大会(京都ヘーゲル読書会・ドイツ観念論研究会協賛、1996.12.22/23,京大会館)→第31回として計算⇒第32回
伊東多佳子:あらたなロマン主義としての環境美学の可能性
山田忠彰:芸術活動のロギカ
小川清次:市民社会と国家との媒介――「国民」形成の一側面
滝口清栄:憲法闘争とヘーゲル法哲学の成立
原崎道彦:ヘーゲルとバタイユ――否定性と至高性
細谷昌志:生と認識――イエナ期ヘーゲルの意識論
山内廣隆:イエナ期ヘーゲルのロゴス
シンポジウム「哲学における終焉と理性の行方」
 佐藤康邦:歴史の終焉という考え方の今日における意義――目的論の再検討
 岩城見一:ヘーゲルの芸術終焉論――瀕死の哲学的美学の興奮剤?
 早瀬 明:終焉論の根底にあるもの――19世紀ヨーロッパの経験

32回(1997.06.29,明治大学)→世話人である上妻精先生の葬儀のため延期
小林亜津子:『宗教哲学講義』1821年草稿におけるキリスト教と世俗性
板井孝一郎:有機体における3つの機能特性をめぐって――ヘーゲル・シェリング・キールマイヤー
コロキウム「ヘーゲル体系の着手点(Ansatz)――ハイデガーとギリシア哲学から」
 杉田正樹:ヘーゲルとハイデガー――否定性をめぐって 
 細川亮一:現象学の体系構想と『デ・アニマ』

32回(1997.10.05,日本女子大学)⇒第33回
小林亜津子:神と世界との和解――「宗教哲学」講義1821年草稿におけるキリスト教と世俗性
板井孝一郎:有機体における3つの機能特性をめぐって――ヘーゲル・シェリング・キールマイヤー
コロキウム「ヘーゲル体系の着手点(Ansatz)――ハイデガーとギリシア哲学から」
 藤田正勝:経験の概念をめぐって
 細川亮一:現象学の論理と現象学大系

33回(1997.12.21,日本女子大学)⇒第34回
藤井哲郎:若きヘーゲルにおける共和主義
三木孝明:哲学的法の政治学 特別報告  
幸津國生:ヘーゲル研究国際共通語としてのドイツ語
神山伸弘:ヘーゲル手稿拝観

講演会とゼミナール(1998.04.02/03,駒沢大学)⇒第35回
Christoph Jamme: Hegels Naturauffassung in Frankfurt
黒崎 剛:ヘーゲル哲学の現代性はどこにあるか――『意識の経験の学』の復権についてのスケッチ
横山昭夫:ハイデガーの芸術論
三崎和志:ベンヤミンにおける「神話的」なものとその超克

34回(1998.06.21,早稲田大学)⇒第36回
荒木正見:ヘーゲルの歴史観と西田幾多郎の歴史観
大河内泰樹:反省概念としての「内的なものと外的なもの」――カントとヘーゲルにおける実体の理解をめぐって
シンポジウム「ヘーゲル研究の方法――テクストをどう読むか」
 山崎 純:歴史的文脈のなかでテクストを読むということ
 岩崎 稔:アンチゴネー異聞

35回(1998.10.04,明治大学)⇒第37回
松村健吾:ヘーゲルの『告白』としての『精神現象学』理性章B・C
金谷佳一:ヘーゲルの多元的社会理論
大藪敏宏:ヘーゲル法哲学における偶然性の問題――ミネルヴァの梟をめぐるアポロギアの弁証法
シンポジウム「Wozu noch『哲学史』?」
 宮田真治:二つのエンチクロペディー・プロジェクト――ノヴァーリスとF・シュレーゲルにおけるテクストの歴史的組織化をめぐって
 柴田隆行:われわれはなぜ哲学史を学ぶのか
 栗原 隆:ヘーゲル『哲学史講義』における〈変奏〉を読み解く

36回(1998.12.29,日本女子大学)⇒第38回
小屋敷琢巳:物から事象そのものへ――『精神現象学』の焦点
猪倉孝夫:『精神現象学』における意識の転換について
シンポジウム「ヘーゲル哲学のアクチュアリティ」
 西 研:ヘーゲル哲学の「アクチュアリティ」
 河本英夫:プロセスと物

37回(1999.06.27,明治大学)⇒第39回
藤田俊治:『大論理学』の初版と第二版の相違について――「始元」論と「定在」論を中心として
太田 徹:カント論理学はどのような意味で「論理学」なのか
小川真人:芸術と言語――主観主義美学への哲学的批判という観点に立ったネルソン・ グッドマンとハンス・ゲオルクガダマーの美学理論的対比

 *回数正常化により、次は第40回とする。

40回(1999.10.03,東洋大学)
麻生博之:アドルノの否定弁証法における「自己反省」の起点――「非同一的なもの」 をめぐって
村上 毅:ヘーゲルの良心論
滝口清栄:ヘーゲル『法(権利)の哲学』の基本モチーフ――ルソーならびに憲法闘争 を背景において

41回(1999.12.19,東洋大学)
中畑邦夫:『大論理学』における人格性について
松本正男:ichとIch
シンポジウム「他者論の現在」
 入江幸男:承認論の可能性
 熊野純彦:他者をかたることば――〈他なるもの〉をかたる〈不〉可能性について

42回(2000.06.25,明治大学)
渋谷繁明:ヘーゲルにおける分析概念について
シンポジウム「イェーナ期体系構想」
 ――加藤尚武編『ヘーゲル哲学への新視角』(創文社)、ヘーゲル著・座小田豊他訳『イェーナ体系構想』(法政大学出版局)、幸津國生『意識と学』(以文社)をテキストにして――
 加藤尚武:イエナ期ヘーゲルの形成史研究の仕方について
 座小田豊:イェーナ体系構想における「無限性」概念の意義――その2
 幸津國生:ヘーゲルの体系構想における意識の位置付け――イェナ時代からニュルンベルク時代への発展史

43回(2000.10.01,東京理科大学)
岩波哲男:ヘーゲルの「神は死んだ」という言葉
佐々木寛治:ヨハネ『福音書』「絶望の道」の段落8,31-47に孕まれた言語=律法理論の解明のために  
大橋良介:ヘーゲルと絶対者

44回(2000.12.17,東京理科大学)
小川貴史:「精神現象学」再考
高柳良治:ヘーゲル・コルポラツィオーン論の全体像  
シンポジウム「希望と責任」
 盛永審一郎:自然の目的論――ヨナスの責任倫理学の存在論的基礎づけ  
 小田智敏:自然と技術――ハンス・ヨナスのブロッホ批判の検討

45回(2001.6.17,法政大学)
小島優子:行動と罪責――『精神現象学』における「人倫的行動」の考察
シンポジウム ロマン主義と弁証法
 伊坂青司:ヘーゲル弁証法とロマン主義  
 清浦康子:ゾルガーの弁証法の特性について――その宗教性と対話的性格を巡って―― 
  
小川伸子:二つの弁証法――ヘーゲルとF.シュレーゲル、和解を求めて  
   
司会:大橋良介

46回(2001.9.30,法政大学)
荒木正見:ヘーゲル「歴史哲学」と西田幾多郎の歴史構造――場所論を軸として――
権左武志:「歴史における理性」は人類に対する普遍妥当性を要求できるか?
 ――ヘーゲル歴史哲学の成立とその神学的−国制史的背景――  
特別講演  
  
ヘルムート・シュナイダー:ヘーゲルの美学について

47回(2001.12.16,法政大学)
小椋宗一郎:ヘーゲル法哲学講義に見る自然哲学と家族
山口祐弘:ヘーゲルのヤコービ批判――反省批判の岐路――
大橋良介:いわゆる「歴史の終焉」以後の歴史思惟

48回(2002.3.18,東京大学):講演とゼミナール
ジープ教授のゼミナール
 
発表者: 佐山圭司 Die Geburt der buergelichen Gesellschaft – Zur Entstehung von Hegels Sozialphilosophie
        竹島あゆみ Anerkennung und Staat – Zur Reaktualisierung der Hegelschen Rechtsphilosophie
ジープ教授の講演:
  
Selbstverwirklichung, Anerkennung und politische Existenz
   
-Zur Aktualitaet der politischen Philosophie Hegels

49回(2002.6.23,法政大学)
佐山圭司:市民社会の誕生――ヘーゲル社会哲学成立史研究――
シンポジウム 家族論
 杉田孝夫:ヘーゲル家族論の現代的意義
 稲葉稔:『精神現象学』における家族と国家
  
早瀬明:家族と市民社会――市民社会の危機は家族の危機――
   
司会:水野建雄

50回(2002.10.6,法政大学)
松村健吾:若いヘーゲルの共和主義思想の変容――「カルル親書訳」の研究――
片山義博:〈他者論〉としてよむ『精神現象学』
シンポジウム 自著を語る・著者に聴く
 海老沢善一著『ヘーゲル論理学研究序説』に対する質問
    
質問者一  竹島尚仁:存在論と本質論を中心に
    
質問者二  太田徹:比例から推理への道程について――アナロギーから弁証法へ
 海老沢善一:返答および質疑応答
   
司会:田端信広

51回(2002.12.22,法政大学)
特別報告
 
 山口誠一:ヘーゲル日本語文献データベースから見た〈フィヒテ−ヘーゲル関係〉研究動向
シンポジウム フィヒテとヘーゲル
  瀬戸一夫:フィヒテの基体なき実体概念
   
山内廣隆:フィヒテのヘーゲル批判
   
本田敏雄:フィヒテ哲学体系とヘーゲル哲学体系の差異――叙述の観点から――
    司会:高山守

52回(2003.6.29,お茶の水女子大学)
面一也:ヘーゲルの自由概念におけるソフィストへの対抗的契機
     
司会:高柳良治
シンポジウム Digital Hegel
   
石川伊織:ヘーゲルテキストデータベースの歴史と文字コード
   
神山信弘:電子テキストを日常的研究で活用するために
   
長島隆:シェリングテキストデータベースとその応用
    司会:山口誠一

53回(2003.12.20〜21,お茶の水女子大学)
12月20日〉
合評会:松本正男『ドイツ観念論における超越論的自我論』
   
評者:菅沢龍文・徳増多加志・木村博 (12.20)
12月21日〉
栗原隆:精神と歴史――ヘーゲル哲学が残した『1803年の神話と芸術をめぐる草稿』についての註記――
山口祐弘:ヘーゲル弁証法と場所的論理――西田哲学との対話――
   
司会:星敏雄
シンポジウム ヘーゲル『法哲学』の射程
  佐山圭司:ヘーゲル法哲学における伝統と革命
   
滝口清栄:十九世紀とヘーゲル法哲学
   
早瀬明:革命批判から全体主義批判へ――コルポラツィオーン的代表制論の射程――
  佐藤康邦・山田忠彰:岩波版ヘーゲル全集新訳によせて
   
コメンテーター:神山信弘・権左武志
     
司会:小林靖昌

54回 (2004.4.10,お茶の水女子大学):講演とコロキウム

  第一部  講演 

   クラウス・フィーベック教授(イエナ大学)

    「美学的懐疑としてのロマン主義的イロニー

      −<超越論的ポエジー>の構想に対するヘーゲルの批判に寄せて−」 

       司会 山口祐弘  対訳 渋谷繁明   通訳  満井裕子

    第二部 コロキウム「ヘーゲル研究の現状と展望」

    久保陽一 vs クラウス・フィーベック

    司会 伊坂 青司   通訳 満井裕子

 

55回(2004.6.26〜27,お茶の水女子大学)

〈6月26日〉

 合評会:寄川条路『構築と解体』

       司会:片山善博

    評者:小島優子

        山田有希子

〈6月27日〉

荒木正見:ヘーゲルとカントにおける人間の権利

小林裕明:ヘーゲル論理学における反省と概念

   司会:星敏雄

シンポジウム:ヘーゲル論理学研究の現在

杉田正樹:ヘーゲル『論理学』の前提

   高山守:なぜ、生命は尊いのか――ヘーゲル『論理学』における生命論に即して――

   島崎隆:ヘーゲル論理学、弁証法をいかに再把握すべきか?

   黒崎剛:ヘーゲル論理学研究にいま必要なこと――矛盾論から推理論へ――

コメンテーター:大西正人・久保陽一

司会:加藤尚武

 

56回(2004.12.19,お茶の水女子大学)

鈴木覚:宗教の先行性について――『精神現象学』における宗教の意義――

満井裕子:『精神現象学』の「緒論Einleitung」の解釈 ――理性構築論Logotektonikを手がかりに――

権左武志:帝国の崩壊と国家主権の自覚――ヘーゲル主権論の形成とその歴史的背景――

   司会:星敏雄(二松学舎大学)

シンポジウム「ヘーゲルとレオ・シュトラウス」13時30分―17時15分

 飯島昇蔵:マキャベリとモダニティ――レオ・シュトラウスのマキャベリ解釈

 石崎嘉彦:レオ・シュトラウスとヘーゲル

 高田純:ホッブズとヘーゲルにおける近代性――シュトラウスの近代批判の検討のために

コメンテーター:佐藤康邦・加藤尚武

    司会:山内廣隆